豊嶋康子は1990年、まだ学生ながら選ばれ参加した、軽井沢の高輪美術館(現:セゾ ン現代美術館)の「ART TODAY 1990 複製技術時代の芸術復興」展に記入欄以外の部 分を鉛筆で全て塗り潰したマークシートの解答用紙や、長さ180メートルにも及ぶ環 状の「エンドレスソロバン」を出品し鮮烈なデビューを果たしました。
以来、一貫し て日常生活の中で無意識のうちに従い利用している制度・システム・基準などに鑑賞 者の意識を向け、考えさせるような作品を発表しています。作品の素材は鉛筆、定規 、振込みカードなど日常的なもので、そこに機転の利いた最小限の「ずらし」を加え ることで機能不全に陥らせる(例えば定規を高熱で歪ませて目盛りやラインを無効に する)という方法が多く採られます。そのため作品は非常に概念的・思索的で難解で ありながら、同時に親しみ易さ・かわいらしさや機知・ユーモアを兼ね備え、現代美 術の中でも極めて特異で興味深い作家として、近年評価が高まっています。
彼女の制 作の基本には表現に対する根源的な考察があり、結果、彼女は表現を芸術家の特殊な 行為ではなく、より普遍的なもの−誰でも表現欲求があり、実際に表現をする−とし て捉え、ぎりぎりまで拡大解釈をしています。銀行(システム)内の虚のスペースに 自分の場所を確保する「口座開設」、“他人から表現された自分”として賞状や通知 表をそのまま提示する作品、魚が存在を主張する(しかもそのことで存在が脅かされ る)道具としての「浮き」などはその好例といえるでしょう。
今回のCASでの展示は、1996年以降の活動の中核をなす「見えない作品」というべき 「口座開設」「ミニ投資」等の金融シリーズや通知表・賞状のシリーズを中心にビデ オ作品や定規のシリーズなどを取り混ぜたものとなる予定です。また作品を追体験し ながら作品同士をリンクさせる「振込み」のワークショップも行う予定です。
三井知行
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